足るを知る

足ることを知れば辱められない
日本人から見ると、中国人はどことなくのんびりした顔をしているように見える。農村ではもちろん、大都会でも、かれらはそれぞれの人生に「自足」しているかのように思われる。しかし、これが忠僕人すべてだと即断してはならない。中国人には、もうひとつの顔−−−きびしい競争社会を生きている顔があるのだ。

むかしから中国では、高級役人になることが出世の近道であった。役人になれば、地位もできるし、金もできる。しかし、役人になるためには「科挙」という難しい試験に受からなければならない。

「科挙」は、犯罪者など若干の例外はあったものの、ほとんどすべての人に開放されていた。それだけに競争率は高く、合格するためには、今でいえば幼稚園のころから受験勉強を始めなければならなかった。

「科挙」は昔のことだと思うかもしれないが、必ずしもそうではない。最近、中国はまたもや様変わりして試験制度が復活し、受験地獄の現象が起こっているという。

かりに競争場裏で敗れ去ることがあったとしても、もうひとつの精神生活を切り開くことができる。それを言葉で表せば「自足」する顔である。

いずれにせよ、価値観の一元的な社会は息苦しく、人の心にも余裕がない。日本人が実態以上にセカセカしてみえるのは、そんなところにも原因があるのではないでしょうか。

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