論語 朝に道を聞く、夕に死す、可なり

安岡正篤の名言です。久しぶりに安岡正篤が四書五経から引用して話をされているのを読ませていただきました。

論語からの引用です。

勇気を持つ 夕に死す、可なり

安岡正篤は論語を非常に気に入っていたようですね。おそらく安岡正篤は論語を数百回読んでいるのではないでしょうか。もし論語を読んだ回数が私の想像以下でしたら、すべてを覚えていたのではないでしょうか。

そんな安岡正篤が尊敬してやまなかった孔子の論語から「朝に道を聞く、夕に死す、可なり」を引用されていました。

しかし、「朝に道を聞く」ことができれば「夕に死す、可なり」とは本当に覚悟の必要な言葉ではないでしょかね。

安岡正篤は決して単なる形容詞ではなく、本当のことだと書いています。人生にとって最も大切なことを知れが、いつ死んでも構わないという心境に至る方法とはどのようなものだったのでしょうね。

孔子の生涯は決して恵まれたものではなかったはずです。いわゆる出世や名誉というものとはほとんど無縁だったと言っても過言ではないでしょうね。そんな孔子が人生をかけて求めた「道」とは何だったのかを知りたいですね。

恐らく安岡正篤には孔子が求めていた「道」がどのようなものであるか知っていたのでしょう。

安岡正篤は続けて、身体にこたえるし明日が大変だと思いつつも、やってしまうだけの勇気をもつことだと書いてありました。

「道」を知るためには、勇気が必要だとは今までに考えたことはありませんでしたね。

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